アルピナに乗るのは久しぶりだった。今回の『B3 GT』は、従来の『B3』をさらなる高みへと導いたモデルである。
独特な矢絣デカールを持つとはいえ、見た目にはあくまでもBMW『3シリーズ』セダンそのものである。それがアルピナの手にかかると、そのパワーは恐るべきことに、529ps(従来のB3より34psアップ)にまで引き上げられた。そして最高速はこれも恐るべきことに、308km/hと300km/hを超える。しかも巡航最高速だというのだ。まあ、数値からも想像できると思うが、このパフォーマンスを日本の路上で味わい尽くすことは到底できない。まさにそれは「刹那の愉悦」なのである。

これだけのパフォーマンスを持っていながら、これほどまでに従順でいいのか!? と思うほど、低速域の走りもよく躾けられている。果たしてトップエンドがどれほどのものかと、試してみたくなる衝動に駆られるが、残念ながらその希望は全く叶えられない。そもそも、果たしてそのトップエンドにドライバー(私自身)の技量が付いていけるのか?という疑問符も付く。
というわけで、まさに瞬間芸のように前が空いたらアクセルに力を込めてみるのが関の山だったのだが、その刹那でも気合が入った瞬間のB3 GTは、恐るべき加速力を示す。余程メーターを注視していないとあっという間に制限速度を超えるのだが、さりとてメーターを注視するほどの余力もない。そんなことを繰り返しながらの試乗であった。余談ながら0-100km/hの加速データは3.4秒だそうである。
◆まさに「アルピナ・マジック」な乗り心地

そんなわけだからほぼ100%に近い状況で、「能ある鷹」状態のクルマを走らせると、これも驚くべきことが分かった。とにかく滅茶苦茶に乗り心地が良い。走行モードを見るとコンフォートである。まあ、それなら当たり前かと思いつつ、ならば…とスポーツを飛び越えてスポーツ+をチョイスして走ってみた。
確かにコンフォートに比べたら若干は路面からの当たり感が強まって、路面の繋ぎ目を拾うこつんこつんと言う突き上げ(と言うほどのものではないが)が少し大きくなった程度。タイヤは265/30R20(リア)という超扁平である。そんなタイヤを履いていながら、しかもスポーツモードで走らせても快適この上ないドライビングフィールを提供し、その運動性能もタイトなコーナーが続く山岳路を実にしなやかに且つ軽快にこなしていく。

試乗から帰ってアルピナの広報M氏にその旨を話すと、「コンフォート+を試しましたか?」と聞かれ、そんなモードもあったのか!と気付かなかった(まあ80分だし)と話すと、「お前はプジョーかシトロエンか?って思いますよ」と言われた。実はコンフォートでもすでにシトロエンの乗り味を実現していると思うのだが、違いは一つだけ。
アルピナの方がサスペンション・ストロークが短い中でこの乗り心地を達成している点である。だからたっぷりストロークして鷹揚な印象を受けるシトロエンに対し、僅かにストロークするのにそれでいながらとてつもなく快適なのである。これを両立させているところが、まさにアルピナ・マジックと言えるのかもしれない。
◆2025年、BMWに取り込まれるアルピナの行末は

海外取材の試乗記を見てみたら、足のチューニングは基本的に一般公道で行っているようだ。アルピナの故郷は南ドイツ、ブッフローエ。かつてミュンヘンに住んでいた私は、2度ほどここを訪れたことがあるが、ここから南へ行くと有名なノイシュバンシュタイン城があるドイツの田舎道が続くのどかな場所に行く。田舎道と言っても当時から100km/h以上で走れる一般道だから、こんな場所で足を作っていたのかな?と想像することができた。
とにかく抜群にハイパフォーマンスで抜群に快適なクルマである。お値段1600万円だそうだが、価値は十分にあると感じた。しかも、創業者、ブルカルト・ボーフェンジーペンが亡くなり、アルピナ・ブランドは2025年を以ってBMWに取り込まれてしまう。つまり、アルピナがこれまで培ってきた技術を惜しみなく使ったモデルは、これが最後となる可能性が高いのである。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員・自動車技術会会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、さらにドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来46年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。また、現在は企業やシニア向け運転講習の会社、ショーファデプト代表取締役も務める。最近はテレビ東京の「開運なんでも鑑定団」という番組で自動車関係出品の鑑定士としても活躍中。