マドンナ、ジャネット・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストン、シンディ・ローパー、坂本龍一、レベッカ、宇多田ヒカル…。そうそうたる世界の一流アーティストの作品を手掛けてきた、ミックスエンジニア/プロデューサーであるGoh Hotoda氏。
氏が愛車・TOYOTA・TACOMAのオーディオを、純正システムから、フランス発の名門ブランド“FOCAL”へとグレードアップさせるその全過程を、密着取材できる機会に恵まれた。
サウンドをコントロールした作品の総販売枚数は5800万枚以上というGoh Hotoda氏。その中には、デヴィッド・サンボーン、チャカ・カーンのグラミー賞受賞アルバムも含まれている。そんな音楽製作におけるプロ中のプロが、カスタマイズされていくカーオーディオのサウンドの変化に、何を感じ、何を思うのか。そして、Hotoda氏に「実力を高く評価している」と言わしめる“FOCAL”は、カーオーディオにおいても氏の期待に応えられるのか…。それらを詳しくリポートしている。今週はその後編をお贈りする。
ところで今回、氏がチョイスした“FOCAL”スピーカーは、「車種別専用キット」シリーズである。フロントスピーカーが『IS 690TOY』(税抜価格:4万円)、リアスピーカーが『IC 165TOY』(税抜価格:3万6000円)。これらは、超ハイエンドスピーカー『Utopia Be ULTIMA(ユートピア ビー ウルティマ)』(税抜価格:200万円)までをラインナップする“FOCAL”の製品群の中にあって、ベーシックなモデルである。しかしながら、“簡単に(大きな改造なしに)”取り付けられるというスペシャリティを有するモデルでもある。今回はそこに重きをおいてのチョイスとなっている。
■カーオーディオにサブウーファーは必需品。その理由は…。
前回の記事では、スピーカーを換装し、さらにドア内部にアコースティック・チューニングを施したところまでをお伝えした。ここまでは予想以上の効果が得られている。純正スピーカーから発せられる音には、ミックスダウンの中で表現したはずの細かなニュアンスが感じられないばかりか、欠落している音すらも多々あったというが、作業後は、すべての音が存在する(聴き取れる)ところまで良化した。
ここからそこに、パワードサブウーファーをアドオンし、詳細なサウンド・チューニングを施していく。
装着されるパワードサブウーファーは、“FOCAL”の『Ibus 20』(税抜価格:6万円)。同ブランド中唯一となる、単体パワードサブウーファーである。
ちなみに、カーオーディオにおいてサブウーファーは必要不可欠な存在だ。ドアに取り付けられるミッドウーファーの大きさには限界があり、大きさの限界は低音の再生域を狭める(ローエンドまで再生できない)。さらには走行時に発生するロードノイズにより、低音のマスキング現象が引き起こされる。それらに対策するために、サブウーファーが必要なのだ。
パワードサブウーファーでは、それを合理的に行える。サブウーファーユニット、ボックス(エンクロージャー)、駆動させるためのパワーアンプが一体化していて、車内にセットし配線を完了させれば即、役割を果たすことが可能だ。省スペースであることも利点だ。
かくして、カーオーディオ・プロショップ「クァンタム」の手により、『Ibus 20』のインストール作業が始まった。
なお同作業は、スピーカー交換に比べると少々手が掛かる。もっとも時間を要するのは電源系の配線だ。確実な作動を担保するためには、バッテリーから直に電源を確保する必要があり、新規の電源ラインを構築しなければならないからだ。
とはいえ、カーオーディオ・プロショップからすれば、難易度はそれほど高くはない。至って基本的な作業である。
装着までには2時間ほどが費やされただろうか。音楽信号の取り出し作業もあるので、ナビ裏にアクセスする必要もあったのだが、そのついでに、純正ステアリングリモコンを機能させる加工も追加された。なので、通常よりも多少、長くかかったようだ。このTACOMAでは、アメリカから持ち込まれた際に日本の市販ナビに交換され、同時に純正ステアリングリモコンの機能が失われていた。カーオーディオ・プロショップの手にかかれば、それを復活させることはたやすい。音質の向上とともに、使い勝手の向上も同時に図られた。
サブウーファーは運転席下にセットされた。「クァンタム」の土屋氏いわく、「可能であるのなら、ドライバーの軸上に搭載したほうが音質的に有利」とのことから、その場所が選ばれた。
固定が終わり、最低限のチューニングだけが施されたところで、一旦その音をHotoda氏にご確認いただいた。まずは、サブウーファーを入れたことによる音質の違いだけを、Hotoda氏に感じていただこうとしたのである。
■サブウーファーの投入により、サウンドが意外な方向に変化した。
ドライバーズシートに乗り込んだHotoda氏はまず、氏の仕事の中でもっともメジャーなアルバムの1つ、マドンナの『The Immaculate Collection』から「Holiday」をスタートさせた。
イントロが鳴って数秒で、Hotoda氏が口を開いた。
「音が澄んできましたね。クリアになってきました」
土屋氏が答えた。
「サブウーファーを入れたので、ドアのスピーカーの担当範囲を狭めたんです。低域をカットして、その帯域をサブウーファーで鳴らしています。ドアのスピーカーが得意な仕事だけに専念できるようになり、低域の濁りが取れていると思います。ところで、ローエンドの伸びはいかがですか?」
「伸びていますね。とても良いです。ただぼくが今いいなと感じているのは、むしろ高域です。ハイが良く伸びていますね。倍音がスムーズに乗っている。ワイドレンジになりましたね」
このように感じられたのには理由がある。音は、音階を決定づける「基音」という成分と、音色を決定づける「倍音」という成分で成り立っている。「倍音」とは、「基音」に対しての整数倍の周波数の音だ。サブウーファーを入れたことで土台がしっかりとし、その影響で「倍音」の乗りが良くなったのである。
次々にディスクが入れ替えられ、入念なチェックが続けられた。ここで、これまでには聴かれていなかった、デイブ・グルーシン(ジャズピアニスト)の1枚がかけられた。都会の夜景が目に浮かぶような、モダンなサウンドで車内が満たされた。Hotoda氏が、にやりとしてこう言った。
「良いですね。田舎道ではなく、高層ビルが見えてきました。
実は、純正スピーカーだった頃、カントリー&ウェスタンだけは心地良く鳴っていたんですよ。クルマの雰囲気と合っていたからでしょうね。しかし今は、このようなサウンドもマッチする。この音なら、高級ホテルに横付けして、鍵を預けて…、なんてことができますね(笑)。現代的で、そしてコスモポリタンなサウンドです。Hi-Fiな音になってきていますね。ずっと音楽を聴いていたい。そういう気分になりますね」
そうしみじみと話すHotoda氏の表情は、至って柔和だ。
土屋氏が言った。
「ここからサウンド・チューニングを施していきます。できる限り厳密に合わせますので、シートポジションを確認させてください。頭の位置はここで良いですか?」
次には、主に「タイムアライメント」、「クロスオーバー」といった調整機能を駆使して、ドライバーズシートに対してベストなチューニングが施される。“FOCAL”の「車種別専用キット」スピーカー、そしてパワードサブウーファーを入れた状態でのゴールが、いよいよ目前に迫ってきた。
■スタジオで作ったとおりのサウンドを、車内で再現できるのか…。
最後のチューニングには、時間はそれほどかかからなかった。10分ほどの短い時間だったように思う。搭載されているナビは上級モデルであるのだが、ハイエンド・カーオーディオユニットほどの詳細な設定はできない。できることが限られているのだ。しかし、その中でベストな調整が施された。
調整終了後の車内に乗り込み、Hotoda氏は、マドンナの「Holiday」のイントロを聴いて、こう言った。
「コンガが凄い。ここにある。それぞれの楽器が、あるべき場所にちゃんとある。真ん中に置いたセンターイメージももちろん、しっかりと真ん中にある。ステレオ感が出ていますね。良いですね。すごく良いです」
以後は、コメントが出るまでのインターバルが長くなった。聴き込む時間帯が増えているのだ。都度、世界に浸っているようだった。すると、意外な言葉がHotoda氏から発せられた。
「少々、右側の音が強いですかね。今はどのようなバランスなのでしょうか」
「左の音量を、右に対して1目盛りだけ下げてあります。一旦、ゼロに戻してみますね」
「あ、これでは左が強すぎますね。0.5にしたいですね(笑)」
「残念ながら、0.5という値はこのナビにはないんです。ぼくも0.5が欲しいと思っていました(笑)」
「なるほど(笑)。では戻してみてください。ああ、こちらのほうがいい。しかしここまで良くなると、もっと追い込みたくなりますね…」
なんとここに来て、欲求が充足されるのではなく、さらなる欲求、さらなる目標が生まれてしまうとは…。クオリティが上昇したことで、“完全”を得たい気持ちが発動してしまったわけだ。
Hotoda氏はこう続けた。
「しかしながら、ぼくの好みで作ったとおりの音になっていますよ。ベースのタッチなど、スタジオで作ったとおりです。良いですね。今は作り終わった後の音を聴いていますが、新しいミックスを作りたいという創作意欲がかきたてられます」
そして今度は、氏がプロデュースも務めた、フランス人アーティスト、フィリップ・セスの『ランデヴー・イン・パリ』がかけられた。アル・ジャロウ、マーカス・ミラー、鳥山雄司等々のトップミュージシャンたちが参加して作り上げた、フランスの名曲の、ジャズ風カヴァーアルバムだ。
「やっぱり“FOCAL”は良いですね。フランス語を的確に表現しています。これが聴きたかったんですよ(笑)」
ひとしきり、当ディスクを堪能された後には、TOWA TEIの最新オリジナルアルバム『CUTE』の中から、UAをフィーチャーした「SOUND OF MUSIC with UA」がかけられた。もちろん、ミックスはHotoda氏が担当している。
「低音の聴こえ方が完成していますね。長きにわたってダンスミュージックを作ってきて、そういった音楽のときは特に低音にこだわります。低音が効いていないと人は踊ってくれませんから。このシステムでは、意図したとおりの低音が再現できている」
そしてその後もさまざまなディスクが車内に持ち込まれた。そうしてそれぞれがテストされた後に、Hotoda氏はこう言った。
「ぼくが作ったAもBもCもDも、どれを聴いても作ったときと同じように聴こえました。ローを大胆に入れたトラックも聴いてみましたが、全然歪まずに再現してくれた。ラップトップを持ちこんで、ここで仕事ができそうな所まで来ています。家に帰ったらやってみようかな(笑)。成功ですね」
今回のリポートは以上で終了だ。世界的なミックスエンジニアが、愛車のオーディオシステムの音を変えたいと欲し“FOCAL”が選ばれ、“FOCAL”はその思いに対して満足いく回答を示して見せた。「クァンタム」の技術もそれを大いにサポートした。製作者とともにその作品を聴いていくという濃厚な時間が、あっという間に過ぎ去った。
このエピソードには、続きがありそうだ。いつか、さらなる続編が展開されることを、楽しみに待っていただけたら幸いだ。
カーオーディオは奥深い。1人でも多くの方に、この楽しさに触れていただきたいと、切に願う。
<取材協力/go and nokko、ビーウィズ、クァンタム(茨城県)>