マツダほどデザインに凝り、デザインを多く語る量産車メーカーは珍しい。そして新型『マツダ3』(日本名:アクセラ)からは新しいステップに突入した。そのデザインを担当した土田廉剛 チーフデザイナーに話を聞いた。
エクステリアデザインの基準はタイヤにある
----:昨年の東京モーターショーに出した『魁(カイ)コンセプト』はマツダ3をイメージしたモデルですよね。そして、あのクルマのご担当も土田さんでしたね?
土田廉剛氏(以下敬称略):そうです。
----:なので「魁コンセプト」を具変化して市販できる状態にしたのがマツダ3と考えていいですよね。特徴的なCピラーのイメージもしっかり継承されていると思います。
土田:ありがとうございます。
----:マツダ3もなかなか思い切ったデザインですね。なかでもハッチバックの特徴的なCピラーが面白い。新しいマツダ3ではどんなことをやりたかったのでしょうか?
土田:これまでもセダンとハッチバックがあったのですが、たとえば現行車ですとリアドアまで共通の部品を使っていました。それを、あらためて俯瞰して考えてみたのです。
するとセダンに乗る人は様式とかフォーマルさを求める。いっぽうでハッチバックに乗る人はエモーショナルを求める。果たして、同じデザインでプロポーションだけ変えたセダンとハッチバックは、お客さんに本当に喜んでもらえるのかな? という疑問にあたったのです。我々もそれでいいのかと考えた。その答えは「違う」と判断しました。
----:セダンとハッチバックのデザインの違いに込めた思いはいかがでしょう?
土田:ハッチバックはキャビンを短く見せたかった。だからリヤドアウインドウをキックアップさせてキャビン長を短く見せています。いっぽうセダンのポイントは伸びやかさです。そのためリヤドアウインドウをできるだけCピラーのほうに寄せて引っ張る。
----:なるほど。
土田:エクステリアデザインのポイントって、基準はタイヤなんです。ホイールの中心に対してキャビンがどこにあるかがすごく重要。セダンのキャビンはホイールセンターの直上まできていて、ハッチバックはそれより前にある。タイヤに対していっぽうが長く、いっぽうは短く、プロポーションに変化をつけています。
----:デザイナーさんにとってはやりがいがあったでしょうね。
土田:とてもありました。
----:それにしても、フロントフェンダーまで違うクルマはほかにないですね。
土田:ちょっと思い浮かびません。もちろんフロントバンパーも違います。共通なのはヘッドランプとシグネチャーウイングとボンネットフード、そしてフロントガラスくらい。
----:すごいですね。
土田:よく会社が許してくれたと思います。自由にやらせてもらいました。
「ダメ出しされるとわかっていながら、現場は私を呼んでくれた」
----:現行モデルに対してデザインの考え方の大きな変化はどのあたりですか?
土田:魂動(こどう)デザインの考え方自体は変わっていません。魂動デザインは「生命感を表現する」と説明しているのですが、その表現方法を変えました。今の世代はボリュームにボリュームを重ねて生命感を表現していましたが、新しいデザインはディフレクションで新しい生命感をデザインしています。
----:ドアの反り返った面の作り方が独特ですね。他では見たことない。おそらく、イメージスケッチの2次元から実際の3次元にする際に、粘土を削って立体的な形にしていくモデラーさんの能力がすごいんでしょうね。
土田:まさにそうです。モデラーのおかげですよ。デザイナーはきっかけを作れるけれど、あの曲面を正確に絵に書くことはできませんからね。デザイナーとモデラーの協力関係がなければ、とても実現できない造形なんです。時には、モデラーの発想のほうがデザイナーの考えより上に行っていることもありますよ。
----:あの造形は、そういう環境だからこそ実現できたというのがよくわかる気がします。
土田:あと、もうひとつ伝えたいのは製造現場の協力も大きいということです。あのようなデザインをショーカーでやるのはできます。1台だけ作れば良いのですから。しかし、それを鉄板でプレスして、ちゃんとドアが開くように作って、というのを実現するのは簡単なことではないのです。それを製造現場が実現してくれた。感謝ですね。
----:マツダという会社が一丸となって出来上がったデザインというわけですね。
土田:私は歴代のデザイナーのなかでもっとも現場に通ったと思いますよ。現場が呼んでくれるんです「土田さん、試作ができたらからちょっと見に来て」って。
でも、現場へいくと私はダメ出しをするわけじゃないですか。「ここがまだ再現できていない」とか。もちろん現場だってデザイナーが見に来ればダメ出しされるのがわかっている。だから普通はデザイナーを呼ばないですよね。呼ぶとやり直しが発生して仕事が増えますから。しかし、今回はデザイナー側の提案をしっかり市販車で再現しようと彼らが頑張ってくれたのです。「もっとよくしますから、また来てくださいね」って。
----:うれしい話ですよね。
土田:彼らは彼らで、またいいものを作りたい。マツダ3のデザインは、デザイナーやモデラーに加え、現場の汗と涙の結晶です。